❝難民は、17あるSDGsの目標すべてに関係する❞ 滝澤三郎さん(国連UNCHR協会理事長、東洋英和女学院大学大学院客員教授)
これまでのご自身のキャリアについて教えてください。
滝沢さん: 大学院生の時から国際機関への憧れはありましたが、直接国際公務員になったのではなく、博士課程単位取得修了後に法務省に入省しました。その後、行政官長期在外研究員制度※を利用して、経営学修士号(以下、MBA)の取得するために渡米し、カリフォルニア大学バークレー経営大学院に入学しました。2年間の留学期間中には、米国公認会計士(以下、CPA)資格を取得するなど大きな成果を残すことができました。MBAとCPAを併せて取得することは限られた留学期間の中で非常に大変なことでしたが、留学前に夜間の簿記専門学校で学んでおいたこともあって、無事に「二兎を得る」ことができました。英語が主要な公用語である国連においては、日本の公認会計士資格よりもCPAの方が評価されやすいこともあり、この時MBAとCPAを取得したことは国連に入ってから大きな助けになりました。
留学生活も終わりに近づいた頃、国連日本政府代表部の採用ミッションがバークレーを訪れた際、ジュネーブに空席ポストがあることを知り、応募に至りました。その結果、1981年に監査担当専門職員として国連ジュネーブ事務所に赴任しました。その後、1983年から1991年まで国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)ウィーン、アンマン、ベイルート事務所での勤務を経て、国連工業開発事務所(UNIDO)ウィーン本部で1991年から2002年までの間、監察部長、財務部長、事業調整部長として勤務しました。2002年からはUNHCRジュネーブ本部で財務局長を務め、2007年から翌年8月までUNHCR駐日代表として勤務しました。キャリアの大きな分岐点は法務省を退職して国連職員となったことですが、その理由は専門家として自分のキャリアを構築したかったからです。日本社会、特に公務員の世界では、どうしてもゼネラリストを育成しますので、留学経験を生かし、国際機関で財務のスペシャリストとして働ける環境は私にとって非常に魅力的でした。
-----------------------------------------
※行政官長期在外研究員制度:各府省の職員を海外の大学院(修士課程又は博士課程)に派遣し、国際化する行政に対応するために必要な分野の研究に従事させることにより、国際活動に必要な行政官を育成する制度(人事院HPより抜粋)
❝日本の若者が難民に関心を寄せる姿や、日々成長する様子を見ることが非常に楽しみ❞
現在、滝澤さんは国際機関とどのように関わっておられますか?
滝澤さん:現在は、UNHCR協会理事長として引き続き難民支援に取り組みつつ、六本木の東洋英和女学院大学大学院客員教授として、移民や難民の問題、そして国際協力のフィールドを目指す青年の育成に取り組んでいます。さらに、十大学合同セミナーのアドバイザーや、大学生、高校生を対象としたミャンマーへの夏季研修旅行を毎年実施していますが、こうした活動を通じて、日本の若者が難民に関心を寄せている姿や日々成長する様子を見ることは非常に楽しみです。
また、以前は内閣府が主催する「世界青年の船」事業で指導官として乗船し(第22回)、国連を目指す若者に対するプログラムを開講していました。最近では、JPO面接に関わるほか、学生だけでなく社会人も対象とした「国際機関で生き残るには」と題した公開講座を東洋英和女学院大学生涯学習センターで開講し、国際機関やグローバル企業を目指す若者の育成に取り組んでいます。
❝富が移動しなければ、人が移動する❞
滝澤さんのフィールドである「難民」とSDGsとの関連について、どのように感じますか?
滝沢さん:SDGsの目標の中では、「16 平和と公正を全ての人に」だけが関係していると思われがちですが、17ある目標すべてが難民と関係しており、言うなれば1~15の目標の達成は難民が発生する原因の除去であると捉えることができます。貧困や格差といった問題は難民や国内避難民といった人々を生む一つのきっかけになっています。貧困は紛争を招き、紛争は貧困を招く関係にあります。貧困や紛争は人を追いたて、「平和と富が移動しなければ、人が移動する」のです。紛争や貧困が「強いられた移動」の問題が発生する訳ですから、SDGsの17ある目標の達成に向けて取り組んで行くことは、難民問題に非常に大きな意味があります。
国際機関を目指している方にアドバイスをお願いします。
滝沢さん: 日本では外務省が実施するJPO派遣制度を利用して国連を目指している人が多いと思います。このJPOでの派遣を勝ち取るためには4つの要素が求められています。 まず、1つ目は「言語」です。国際機関では、英語で論理的な文章を書く力が必要になりますから、エッセイなどを短時間できちんと書く能力を高めてほしいと思います。客観的な数値では、TOEFL(IBT)で105くらいのスコアを目指すと良いと思います。 2つ目は「職歴」です。最低でも2年程度の職歴が必要とされていますが、重要なことは自分が応募するポストと自分の職歴が整合しているという「ストーリー」を語れることです。例えば、UNHCRのポストに応募する以前に難民支援のNGOでインターンをしたとか、UNDPで働きたいのだったら、国際協力に関連する学生団体で主要なメンバーとして参加したなどのストーリーはいいでしょう。ただ、経験には実質が伴わなければなりません。採用面接で「私は難民支援がしたいからUNHCRに応募しました」とやる気を見せても、客観的にコンペテンシー(competency: 実行能力)が見て取れなければ、面接官へのアピール効果は高くありません。日ごろから国連で必要なコンペテンシーの増強を意識して経験を積んでいくことが重要です。 3つ目は「修士以上の学位」です。米国の大学院は非常に学費も高額ですから、1年で修士号を取得できるイギリスに留学する学生が多いようです。留学では、難民の分野であれば紛争学を学ぶなど、自分の専門性を客観的に補強してくれる分野は何かということを留学前にきちんと確認しておく必要があります。 4つ目は「面接でのパフォーマンス」です。書類選考で残った候補者は、書類上では大差ありません。面接官は、この人はJPOとして2年派遣された後、正規職員としてポストを獲得することができるか、国連で働く意味を理解しているか、国連で残っていく覚悟があるか、国際機関という環境でのサバイバルスキルがあるか、といった視点で判断しています。面接では候補者の全てが現れるので、十分な準備が不可欠です。これらのことを念頭に置いて想定問答集を作成し、いろいろな問いに対して1分間ぐらいで簡潔な回答ができるよう準備しておくのが効果的です。
滝澤さんのように長期間にわたって国際機関で働くためには、どのような心構えが必要ですか?
滝沢さん: 日本人の特徴として意見を言わない、イニシアティブを取らないということがあります。国際機関では会議などで自分の意見を言えるかどうか、それを支える根拠が示せるかが重要です。自分の意見を述べるためには問題の把握と解決策を探すために勉強を怠れません。また、上司の指示を待たずに自ら行動を起こす姿勢も大切です。「引っ込み思案」の姿勢では、自己主張のしっかりとした外国の上司や同僚から評価されません。「出る杭は打たれる」のではなく「出ない杭は腐る」のが国際機関です。「引っ込み思案」は直せます。最近は「自己主張トレーニング」の講習会などの機会もありますから、参加してみるのもいいかと思います。
もう一つ、ダイバーシティを受け入れ、異文化を理解する姿勢も大切です。国際機関がその典型ですが、グローバル化した世界での仕事では、国籍も宗教も考え方も文化も違う人たちと協働しなければなりません。自分の育ってきた日本的な文化、価値観でしか物事を見ないと誤解からくる衝突に巻き込まれて失敗します。「世界の多様性」と自分の「文化的拘束性」を意識し、異なる文化への感受性と尊敬を持つことが国際機関職員に限らず「グローバル人材」には今後ますます求められるでしょう。
最後に、国際機関を目指している方へメッセージをお願いします。
滝沢さん: なによりも、ポジティブ思考でいることです。国連をはじめとした国際機関では、2年程度の契約期間が定められたポストがほとんどで、終身雇用の就業形態ではありません。契約更新の不安をエネルギーに変える態度、自分の目指す世界を実現するために上の役職を目指す野心も必要です。日々の努力や学びを怠らず、上司の支持を得て上を目指す姿勢です。また「ユーモアは身を救う」ということを付け加えます。思いつめた自分を笑い飛ばし、緊張しがちな会議などで人を笑わせることで全体のストレスが減り、皆が元気になります。最後に、「体力が気力を生み、気力が成果を生む」と言いたいです。僕は66歳からフルマラソンを始め、70歳になった今も毎年記録を更新しています。少なくとも80歳までは走り続け、さまざまな活動を続けるつもりです。 国際機関で生き残るための様々なコツを集めた「国連で働く?国連での生き残り11か条」をKindle電子書籍で出版しているので、ぜひ読んでみてください。
滝澤三郎(Saburo Takizawa 日本UNCHR協会理事長、東洋英和女学院大学大学院客員教授
長野県出身。1972年埼玉大学教養学部卒。東京都立大学大学院を経て法務省へ。カリフォルニア大学バークレー経営大学院終了後1981年より国連ジュネーブ本部へ。ウイーンのUNIDO財務部長などを経て2002-06年UNHCRジュネーブ本部財務局長。07−08年までUNHCR駐日代表。国連大学客員教授を経て09-16に東洋英和女学院大学院教授。現職は認定NPO法人国連UNHCR協会理事長。
2017年11月12日、東京にて収録 聞き手:金森早紀(日本) 編集:金森早紀(日本) ウェブ掲載:和田恵(日本)
Comments